書籍「SDGs時代の評価」(米原あき、佐藤真久、長尾眞文 編著 筑波書房)のコラムに寄稿した原稿です。
「評価」というと、結果が定まったものを、定まった基準・指標で評価するものと考えられがちです。もちろん進捗を把握すること大切だけですが、固定した評価だと変化の時代にあっという間に取り残されてしまうかもしれません。
SDGsに求められる“変革を起こす評価”
広石拓司
株式会社エンパブリック代表
ソーシャルプロジェクト・プロデューサー
近年、SDGsが広がると共に、企業や自治体の担当者から「SDGsは何をしないといけないのですか?」という質問を受けるようになった。質問をする人たちは、SDGsを「しなければいけないこと」と考え、正しい進め方を知りたいと考えている。
ここで考える必要があるのは、「しなければならない」に2種類あることだ。一つは、外部から与えられた義務として外部から求められている「しなければならない」。もう一つは、自分が現状や未来を見て、自分の中から内発的に生じてくる「しなければらない」だ。
SDGsを「国連が決めたことが各国や自治体、企業に下ろされ、しないといけないこと」と捉えている人も少なからずいる。しかし、2015年に国連で採択された文書「Transforming our world: the 2030:Agenda for Sustainable Development」に書かれているのは、これまでの経済社会のままでは貧困が拡大し、地球の限界を超えると考え、私たちは貧困をなくす最初の世代となり、同時に地球を救える最後の世代として、持続可能な世界へと世界を変革することを強く誓う(pledge)というものだ。それゆえ、SDGsはフォローアップおよびレビュープロセスとして各国のVoluntary National Reviews(VNR)、つまり各国の自主的な目標設定とその進捗状況を共有するプロセスを重視している。国連で定めたのはVNRだが、そこから自治体レベルでも、この枠組みを応用し、自治体単位での自発的レビュー(Voluntary Local Review)の動きも広がっている[1]。
このVoluntary Reviewsという考え方は、持続可能な世界に向けての変革の重要な鍵だと私は考えている。多様性や複雑性が大きくなる世界において、一つの枠組み、同じ仕組みに収めることは現実的とは言えない。どのような枠組みがいいかの議論で数年が過ぎ、状況は悪化するだろう。大切なことは、それぞれが自分なりに動き出すことだ。「現状のままでは持続できない」という問題意識と「持続可能な姿へ変革する」という大きな絵を分かち合いながらも、国によって状況も事情も大きく異なる。それゆえ全体で決めた枠組みではなく、自分達の文脈の上で成し遂げることを考え、それを自発的にセルフ・マネジメントする。それを主体間でコミュニケーションしながら協調することで、全体としての成果を高める。
そこで問われるのは自らの自己認識であり、現状を検証する批判的思考であり、何を重視するのか規範性である。そして、内外への説明責任も含めた対内的・対外的なコミュニケーションの力を信じることでもあるだろう。
ただし、この前提にあるのは、世界の状況を視野に入れ、そこにおける役割と責任を自覚し、自分にできることに主体的に取り組む“地球市民”であることだ。そんなことが可能なのか、フリーライダーばかりになってしまうのではないか、そういう懸念もあるだろう。
そんな懸念に対して私は、ビジネス界においてサステナビリティ・リーダーとして尊敬されている会社のことを伝えている。
一つはタイル・カーペット企業のインタフェイス。創業者であるレイ・アンダーソンは、90 年代初頭にある顧客から「あなたの会社は環境のために何をしているのですか?」と尋ねられ、環境問題を考え始めた。すると石油を大量に使う素材からできる商品を販売し、それがゴミとして廃棄されている現状を知り、誇りある仕事をしてきた自分が“資源の略奪者” であることに気付かされたという。そこで多様な専門知識を含むチームを結成し、1994年に、2020年までに環境への負荷をゼロにする「ミッション・ゼロ」という目標を掲げた。その目標は当時、夢物語とすら扱われないほど非現実的だと思われていたが、やがてインタフェイス社の地道な蓄積が世界のビジネス界に影響を与え、サステナビリティ領域のリーダー的存在になっていく。その上で、リサイクル繊維への移行、廃棄物ゼロ、再生可能エネルギー導入などにより、2019年に「ミッション・ゼロ」は達成された。
また、生活用品の世界大手企業ユニリーバは、2010年から2020年の目標として「サステナビリティを暮らしの当たり前にし、売上を2倍にする」を掲げ、サステナブル・リビング・プランを設定した。①衛生商品によって10億人の健康を守る、②環境負荷を半減させる、③サプライチェーン上の働き手も含めた数百万人の経済発展を支援する、という3本柱からなり、それを具体的項目に落とし込んで取組み、こちらも目標年に目標を達成している。
この両者の取り組みからわかることは、外部からの要求ではなく、自分自身で現状と将来を分析し、ありたい姿を明確にし、その実現に必要なことを具体化し、その実行に必要な指標も明確にし、取り組んできたことだ。それと同時に、目標を宣言し、情報や進捗情報も開示し、非現実的と言われる一方で強い賛同者、協力者を生み出し、コミュニケーションとセルフ・マネジメントによって変革を実現してきたことだ。
このビジネス界の動きは、正しい指標、正しい評価よりも、多様な人々とコミュニケーションしながら変化を起こしていくための自発的な指標、評価が、SDGsの達成には不可欠だと教えてくれているのではないだろうか。
[1] IGES : Online Voluntary Local Review (VLR) Lab https://www.iges.or.jp/en/projects/vlr