まちを自分たちの手に取り戻すには?

「市民として生きる」を探究しよう

by studio_admin

シン市民

探究プロジェクト

6月10日(金)開催

メンバー・オープン

「自分の住む地域とつながりはない」「家と駅、スーパーの間しか地域との接点はない」

そのように地域との距離を感じている人も多いでしょう。
そして、自分の住む地域のことは、どこか自分とは関わりのないところで決められている感じもしてしまいがちです。

住民サービスや福祉、教育などが良くなればいいのに、と思ったとしても
「自分が声出したところで変わらないし…」
「地域の選挙や政治って自分とは縁遠い感じだし、関わると面倒そう」
行政や政治と自分の間に無意識に線を引いてしまいがちです。

ただ、本来、地域はそこに住む住民のものです。
自分の地域は行政や政治家、一部の活動家や役職者のものでなく、自分を含めたすべての人が一員として自分の声を出し、仕組みや制度をよくすることに参加できるはずです。しかし、現状では、そのように関わるには「意識が高くないといけない」状況にあります。
自分たちのまちなのに、もっと自分らしく、無理なく関われたらいいのに。

その「無理なく関わる」から始め、少しずつまちに仲間を広げ、活動の幅を広げていく方法を、「国分寺で市民として生きる」諏訪玲子と考えていきませんか?

 

ファシリテーター、話題提供

【プロジェクト・オーガナイザー】諏訪玲子

【ファシリテーター】広石拓司

● セッション開催日時 ●

次回対話は6月10(金)20:00~

アーカイブ動画「まちを自分たちの手に取り戻すには? ~「おもしろいを中心に、市民として生きる」をヒントに」(メンバー・コンテンツ)をアップしました。

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 Studioフォーラムで、セッションに参加して、アーカイブを視聴して気づいたこと、自分のヒントになったことをStudioメンバーとシェアしませんか?

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セッションの内容

イントロダクション:国分寺で市民として生きています

諏訪さんは、自己紹介で「国分寺で市民として生きています」と話します。「市民として生きる」って、どういうことでしょうか??

1.対話 : まちを自分たちの手に取り戻すには? ~「おもしろいを中心に、市民として生きる」をヒントに

 「無理なく関わる」から始め、少しずつまちに仲間を広げ、活動の幅を広げていった諏訪玲子さんをゲストに迎え、対話しました。2022年4月27日開催
諏訪さんは、東京の国分寺で学びの場づくりを行う団体を立ち上げたり、PTAの役員や行政や政治を考える勉強会を行ったり、今は周りからみると「意識高い系」な存在でしょう。ただ、諏訪さんは日々の暮らしの中で感じた課題に対して「どうして?」「こうできないの?」と思っていることを言葉にし、出会った人たちと「できたらいいね」と話したことに小さくトライする中で仲間が広がり、気づけば地元の政治や行政を思える活動を始めることにまでなったと話します。
そして、今回、そのプロセスを「おもしろい」を中心に、市民として生きるという原稿にまとめ、雑誌「社会教育」4月号に寄稿しました。
そこで、この記事を読み、参加者のみなさんが感じたこと、考えたことを気楽に対話する会を開催します。
まちに関わるとは?関わる必要なんてあるの? 政治に関わることの心理的ハードルって? 諏訪さんの言う”市民として生きる”って?私は”市民”??など、まちと自分の関わり方について話してみませんか?
〇諏訪さんの寄稿文を掲載したnote https://note.com/reiko_222/n/n8a21c08bc6d2
 冊子はこちらから→https://social-edu.com/

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2.対話 : 学びを自分たちの手に取り戻すには? 

「学び」という言葉から、何を思い浮かべますか?
学校での勉強、習い事、研修・・・先生や教材があって学んでいる姿を思い浮かべる人が多いのではないでしょうか?

しかし、誰もが暮らしの中で学び続けています。
「こう味付けをすればおいしいんだ」「子どもの素朴な質問から考えさせられる」「苦手だった人と、うまくやれるようになった」
このように暮らしの中に”学び”は、たくさんあります。
その”暮らしの中の学び”の中に「難しい社会問題をどうしたら解決できるのか」「自分が地球のためにできること」「自分が政治家を選ぶ基準」なども含まれるはずなのですが、それらはついつい「勉強しなきゃいけないもの」「よく知らないから、自分とは縁遠いもの」などと”自分の外にある”ものと考えてしまいがちです。

今、「学びの場」をつくる人や活動は増え、参加する人も増えていますが、「SDGsを学んで勉強になったけど、仕事や暮らしでは難しいよね」「まちの未来について対話していい話になったけど、日々の暮らしとは別だよね」ということにも陥りがちです。
地域に学びの場をつくることを目的に存在する「社会教育」「公民館」も、「人々が暮らしの中に学びの要素を取り入れるための存在」というよりも、「学習機会を提供する」「住民に学んでもらう」ためのものとなってしまい、地域住民にとって”自分のもの”と思いづらいものになってしまいがちです。

どこかで「学び」を日常や暮らしと切り離して考えてしまう。それは、なぜなのでしょうか?
学びを自分の外にあるものとせず、自分に取り戻すにはどうしたらいいのでしょうか?
一緒に考えてみませんか?

*メンバーの方は、イベント・ページからご参加ください

アーカイブ

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